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ガイヤール城『やくも、どうしたのだ』

ガイヤール城・・・

最近新しい外国の城娘さんが増えてきて、新しい武器の開発も頼まれるかもしれんけん

いろいろ考えていただに

新しい外国の城娘・・・?

考えてもわからぬだろうし、どんな城娘か来てからでないと、何もわからぬではないか

まぁ、そうやけんけどね

あら、やくもにガイヤール城さん

千狐いいところに来たけん

えーこれから、どんな新しい外国の城娘さんが来るかあれこれ考えてるの?

じゃあ、いくつかまだ実装されていない外国の城を見てみることにしましょう

私でよければ外国の城について少しだけ話せるぞ

まだ実装されてはないが、知る人ぞ知る城を見てみることにしよう

クラック・デ・シュヴァリエ Syria 

クラック・デ・シュヴァリエは、中東の国、シリアにある十字軍時代の要塞の一つです

聖ヨハネ騎士団の本拠地でもあり、2006年に世界遺産登録されました

シリアの北西部の高さ650mの丘の上にあるクラック・デ・シュヴァリエは、1031年シリアの第二の都市アレッポの領主が築いたのが起源とされています

当時は砦のようなものでしたが、1099年の第一回十字軍の際に落ち、聖ヨハネ騎士団の支配下になったとされます

聖ヨハネ騎士団の大規模な増築、改築がなされ、厚さ30mの外壁、七つの守備塔が配備された要塞になりました

しかし、1271年にイスラム勢力との争いで落ちます

礼拝堂は、モスクに転用されてイスラム勢力のものになってしまいます

十字軍の難攻不落の城といわれ、守る側は、攻め手を大きく展望でき、高さの差があるいくつもの守備塔から、様々な角度から弓を射ることができたのではないかとも考えられ、防御に優れ、攻めにくい要塞といえます

現在はシリア政府の管轄に置かれていますが、度重なるシリア国内の争いによって世界危機遺産リストに追加されています

近年は、空爆の戦争被害によって城の一部が破壊されるなど被害があります

サッカーが好きな人は、近年シリアでの試合の開催が危ぶまれ開催地が変更になっていることも知っていると思います

これはシリア国内の情勢が不安定で思わしくない影響のためです

戦争はいや・・・だな・・・

ロドス Greece 

エーゲ海の南部、アナトリア半島沿岸部にロドス島はあります

ロドスは中世の防衛施設の中でヨーロッパに現存する最大級のものだといわれています

ギリシャの島の中で4番目に大きいロドス島は、歴史は古く、港湾都市として栄えていました

紀元前12世紀頃にドーリス人が移り、この地に住み、紀元前400年頃に現在でも残る旧市街の基礎が造られたとされています

その後のロドスは、周辺の国々の情勢によって、ローマ帝国、東ローマ帝国、サラセン人、ヴェネツィア人と支配が変わっていきました

14世紀になると、聖ヨハネ騎士団がロドスを占領し、約200年間におよび、ロドス島は聖ヨハネ騎士団の本拠地になりました

この頃、11の門と厚さのある城壁、大掛かりな水のない豪と町全体が要塞化されていきました

聖ヨハネ騎士団の本拠地になっていましたが、大軍を擁するオスマン帝国の攻撃を受けて、数に不利な騎士団は、オスマン帝国のスレイマン1世と協定を結んで、1523年にこの島を去ることになりました

ヨーロッパの聖ヨハネ騎士団のキリスト教なのに、旧市街の中には『スレイマン・モスク』が建っているのは、スレイマン1世がこの島を手中に治めたことを記念してモスクを建てたためです

聖ヨハネ騎士団の頃の、ヨーロッパの文化、オスマン帝国の頃のイスラム建築の文化の建築物が多様な中世の都市として残っています

1988年に世界遺産登録され、『ロドス島の巨像』のミステリー伝説が有名です(世界七大不思議の一つ)

ずいぶん昔からあるのね、ロドス島の巨像・・・興味深いわ

バレッタ Republic of Malta  

地中海の中部の島国のマルタ共和国の首都のバレッタは、古くからの町並み、建築物が残り、世界遺産に1980年に登録されました

マルタは、南ヨーロッパとアフリカ大陸の間に位置しており、非常に重要な要所とされてきました

その重要な地理的な条件もあり、多くの争いに巻き込まれており、1565年にオスマン帝国の大軍5万の兵力に攻められます

マルタを守るのは聖ヨハネ騎士団の9000人ほどだったいわれ、3年に及ぶオスマン帝国との激しい戦争でしたが、9000人の聖ヨハネ騎士団は島を守りきります

この時の騎士団総長のジャン・ド・ヴァレットからバレッタと町の名が呼ばれるようになったといわれます

この時の聖ヨハネ騎士団がのちのマルタ騎士団になります

ヨーロッパを守った騎士団のもとには、莫大な寄付金が集まり、さらにバレッタの街は要塞都市として堅固になっていきます

バレッタの中心にある聖ヨハネ大聖堂は、中に入ると、内部は豪華で壮大な造りになっており、併設の美術館にある『洗礼者聖ヨハネの斬首』は、行かれたなら、一度見ておきたい価値があります

他にもバレッタはきらびやかな内装が施された教会がいくつもあり、バレッタに行った際は素晴らしい教会を回るのもおすすめです

バレッタの主要な湾にある天然の港、グランド・ハーバーを守るためにアッパー・バラッカ・ガーデンには大砲が備え付けられ、毎日12時に1発の礼砲が発射されます

実装されるなら大砲の城娘になる可能性もあるかもしれません

騎士団の総長の名前がバレッタの由来だっただにね

トームペア城 Estonia 

エストニアの世界遺産の町に佇むトームペア城は、1050年にエストニア人が築いた木造の砦がルーツといわれています

この城のあるタリンの町は、スウェーデン湾に面しており、バルト海でも繁栄した港で、軍事的にも貿易の重要な中継地として栄えてきました

1219年にデンマーク王のバルデマー二世が十字軍を率いて、トームペア城を建造しました

その8年後に、リヴォニア帯剣騎士団が城を占領して、要塞化されたといわれています

その10年後に、再びデンマーク人に占領されて、1346年にドイツ騎士団に売却されました

城の象徴的な建造物『のっぽのヘルマン』はこのときに築かれたとされて、エストニアの国旗がなびいています

16世紀に入り、リヴォニア戦争を経てスウェーデン人の支配下に置かれると、城は要塞としての重要な意味を徐々に失っていきます

その後、北方戦争後にロシアの領土になり、州知事の官邸になり、宮殿へと変わっていきます

1991年にエストニアがロシアから独立してからは、国会議事堂として使用されています

表面の壁はピンクで、内面の壁は、黄色になっており、外と内の壁色を変えるのは、伝統的な建築の様式のようです

1997年に世界遺産に登録された『タリン歴史地区』の一部としてトームペア城も登録されており、タリンの町には古くからあるアレクサンドル・ネフスキー大聖堂や聖ニコラス教会、ギルドホール、カタリーナ通り(城壁を支える石のアーチが組み込まれ、まさに城塞といった圧迫感)もあります

トームペア城は、デンマーク、リヴォニア帯剣騎士団、ドイツ騎士団、スウェーデン、ロシアなど様々な支配を受けながらも、国家として独立したエストニアの象徴的な城といえる

サンマリノ Most Serene Republic of San Marino 

世界最古の共和国サンマリノは、世界5番目に小さな国で、面積は約61平方キロメートルです

イタリア半島の山岳地帯にサンマリノはあり、約1700年もの年月に渡り独立を維持してきました

サンマリノの歴史は、四世紀の初めに、ローマ皇帝のディオクレティアヌス帝がおこなったキリスト教徒迫害まで遡ります

イタリアは現在、カトリックの信仰する信者は多いですが、392年にデオドシウス帝がキリスト教を国教にするまで、キリスト教徒に対して迫害をおこなっていたといいます

そんなローマ皇帝のキリスト教徒迫害を逃れるために、石工(石職人)の聖マリヌスが、ティターノ山にたて籠もり、同じように迫害を逃れるために、集まった信徒と共同体を作ったのが後のサンマリノ共和国です

どうして、聖マリヌスがティターノ山にたてこもれたのかというと、聖マリヌスは、クロアチアのラブ島にいましたが、ローマの未亡人のフェリチータにローマの未亡人に雇われて、亡くなった夫の石棺の依頼を受けます

この時、キリスト教徒で信仰の厚い聖マリヌスの影響により、未亡人のフェリチータもキリスト教に改宗し、聖マリヌスにはティターノ山が贈られたといいます

こうしてティターノ山のサンマリノは、独自の共同体、その後の共和国としての歴史を創っていくのです

その後、ティターノ山のサンマリノは周辺国からの支配や攻撃、侵入を防ぐために、周囲に砦、城壁が築かれていきます

14世紀になると国旗にも描かれている堅固な城砦、グアイタ、チェスタ、モンターレが完成していきます(グアイタは、3つの中で歴史が古く、建設は11世紀といわれています)

1631年、ローマ法王により独立的地位が認められて、1862年になるとイタリアと条約を結びます

1992年には、国連に加盟し、独立した国家として正式に承認されました

敬虔なクリスチャンの集まるサンマリノには、サンマリノ大聖堂、サンフランチェスコ教会があり、観光スポットとしても人気です

また、独自の発行の切手も人気があり、消費税も周辺国と比べかからないことから、サンマリノのアウトレットは観光客にも人気が高いようです

サンマリノは小国でありながら、長い歴史の中で独立と中立を貫き、戦争被害を免れており、せり立つ山頂に位置してることから、産業の発展による都市化なども影響されず、貴重な歴史的な建造物が数多く現存している点も特筆されます

そして、これらの歴史的な建造物が2008年に世界遺産に登録されています

サンマリノは、石工の聖マリヌスの起源から1700年近く、独立を貫いて現在に至るなんて本当にすごいですわ

今まで歴史のある外国の城、城塞都市を見てきただにね

今まで見てきた城、城塞都市は世界遺産になっているわね

3つの城が聖ヨハネ騎士団、トームペア城が十字軍と、サンマリノがキリスト教の迫害を逃れてきたことが始まりや、国や城に、宗教が深く関係しているところも大事なのだ

城を攻め手に攻めにくく、守りやすい場所や、地理的、軍事的、貿易、交通に重要なところ、海や自然に恵まれた場所などに城が造られているわね

そうやけんね、日本も同じような理由あるかもしれんけど、今回見た城は、島全体とか、国として現在も残っているとか興味深いけんね

うん、初めは規模が大きくないものでも幾多の戦乱において、増築、改築されて大規模な要塞都市、国家として形を変容していった城もある

ロドスのように支配者の文化が様々に取り入れられて、ヨーロッパとイスラム圏の多様な文化が残っている街と城もあるわね

エストニアのトームペア城のように歴史の中で支配者が変わり、今は国会議事堂になり独立を象徴した存在になった城もあるけん

こうやって見ると、城やその街並み、文化の中は様々の人の歴史、生き方、価値観、文化、生活様式が取り入れられていってるのがよくわかる

これから、どんな外国の城娘さんに会えるか楽しみだに

そうですわね これからも外国の城娘さんは実装されると思うので合わせて歴史も分かると楽しいですわね

うん♪

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美月菜奈

美月菜奈

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